父の魂・6

出産立会い・・・後編


翌日、鳥取から嫁さんのお袋さんが駆けつけました。鳥取にとっては初孫ですから、まあ、えらい喜びようです。

赤ちゃんは、吸引機で吸われたため頭に赤いあざができています。そのうち消えるとのことですが、頭に日の丸をつけてるみたいです。

生まれたての赤ちゃんでもツメは伸びてるものなんですよね。

岡崎さんが言います。

「ツメを切ってあげたんだけど、深爪になっちゃってねえ。」

生まれて初めてのツメ切りが深爪とは哀れなり、わが娘。

まあ、74歳の岡崎婆さんが老眼で苦労しながら、小さな手の小さなツメを切るわけですから、仕方がないです。切ってる姿を想像するだけでもほほえましく思えます。  

1週間ほどで退院。あんまり慌しくて病院の前で写真を撮ることも忘れました。とてもそんな心の余裕はありません。



・・・・・と、言うわけで親子での生活が始まりました。

おかげさまで娘はすくすく育ち、正月のたびに、岡崎さんに年賀状でその成長振りを報告することができました。
 
岡崎さんからも毎回返事がきました。

その内容は、文字も読めもしない赤ちゃんに当てた文面になっていまして、はがきで赤ちゃんをあやしてるような内容でした。我々から見るとワケがわからない文ですが、それだけに毎年楽しみだったりしました。



何年目かのお正月、岡崎さんからの返事がきませんでした。


2週間ほどして、知らない名前の方からお手紙が我が家に届きました。

読んでみると、岡崎さんの娘さんからでした。娘さんといっても50歳以上でしょう。とてもしっかりした文面でした。



  その手紙で、岡崎さんはその前の年にお亡くなりになったことを知りました。


また、続けて、

病気で倒れる直前まで、岡崎さんはあの産婦人科医院で赤ちゃんを取り上げ続けたこと。

娘さんがいっしょに住もうといっても、頑固に一人暮らしを続けたこと。

取り上げた赤ちゃんの成長振りを知らせる年賀状を楽しみにしていたこと。

助産婦の仕事に誇りを持っていたこと・・・・

などなどが、つづられていました。



分娩室での

「おなかの子だって生まれるとき苦しいんだからア、お母さんがふんばらんで、どうすんだア」

という、あの岡崎さんの声を思い出しました。



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