父の魂・5

出産立会い・・・中編

「よっしゃ! 先生を呼びましょ!」
やったあ。岡崎さんのお許しが出たぞ!

夜11時30分。岡崎さんが電話で呼ぶと、院長先生はまもなくやってきました。年のころなら50過ぎ。腕の確かな産婦人科医との評判の先生です。表情がやさしく頼れそうな感じです。

考えてみれば、産婦人科医も大変な仕事です。真夜中でも明け方でも、いきなり生命を預かる仕事に入っていくわけですからね。

実は出産時間というものは、薬によってある程度調節可能なものだそうで、病院によっては平日の昼間に生まれるように調整してるところもあるそうです。

でも、この病院では院長先生のポリシーで、命の危険がない限り、出産時間は自然に任せてるとのことでした。その分先生には休みも夜も昼もないわけです。

また、岡崎さんが言うには、この先生、患者さんにはやさしいが、岡崎さんたち病院のスタッフにはとても厳しいそうです。自分のお袋のような歳の岡崎さんを恐れさせるほどの気迫がこの柔和な表情の先生のどこにあるのか。そういう話を聞くだけでも信頼できます。と言うより信頼したくて仕方がないのです、こういう状況では。

しかし、嫁さんが苦しんでるさなか、忙しく立ち働きながら先生が来るまでの間に、こういう世間話をしている岡崎さん、さすがベテラン。ダテに74年生きてません。

奥で手を洗い、準備を済ませた先生、
「もう、頭が見えてきたんですね」
といいながら、岡崎さんとバトンタッチです。

時間は間もなく夜の12時。私は「誕生日は6月28日かあ」などと考えながら、嫁さんの汗を拭きながら励まします。

「痛くなってきたら、イキんでね」
と先生が促します。

普段は重いものは持たない、面倒なことはしない、というモノグサな嫁さんとは思えない力の入れようでイキみます。

「うーんん!!」

日常生活でこのイキみの100万分の1でも力を出してくれたら、私の休日も安楽に過ごせるのに・・・・などとは、このときは思いません。

「んんんんんん!」

先生も岡崎さんも、すごい気迫で
「ほれ!がんばれ」
「お母さん!しっかり!」と気合を入れます。

イキんでる嫁さんに対する掛け声は「お母さん」なのです。

「よーし、だいぶさがってきた。ちょっと休んで・・・・・そうそう・・・・・・・・」

嫁さんは「はあ、はあ、ひい、ひい」と息を整えると、また痛みの周期がやってきます。

「はい!もう一回イキんで!」

と言う具合に、イキみと小休止を繰り返しながら、だんだんとその瞬間が近づいてきます。

私の方は、
とにかく無事に生まれてくれよ。
元気でさえいれば、学校の成績なんて悪くたってかまわない。
と祈りつづけてます。こんなに祈ったことなんか生涯ありませんよ。

でも、一方で、ほんとに、この人(嫁さん)から子供が出てくるんだろうか、とこの期に及んでも半信半疑だったりする部分も頭の中にあるのです。

嫁さんが30分ぐらいイキミと小休止を繰り返したころ

「あかちゃん苦しがってるなあ。旦那さん、吸引機使いますよ」
と先生。赤ちゃんの心拍数が落ちているのです。

きゅ、吸引機・・・といわれても・・・もうお任せするしかありません。
それは掃除機みたいな機械で赤ちゃんの頭を吸いつけて引っ張り出すものです。

先生は手早く機械を引き寄せ、器具をあてがいました。
「次のイキみで引っ張るから、痛くなったら教えてね」

いよいよラストのイキみです。

「ううううううーんんんん!!!!!」

渾身の力をこめる嫁さん。

先生は吸引機を上下にゆっくりゆすります。

頭が出た!!

「よーし!出た。もうイキまないで」

続いて胴体もぐりーんとゆっくり回転するように出てきました。
生まれたあ! 

でも泣き声がない・・・。と思った瞬間・・・

ごぼごぼと音を立て羊水を吐いたかと思ったら、おぎゃあ、おぎゃあとテレビでよく聞いたあの声が赤ちゃんから出てくるではありませんか。

元気だ!! 無事に生まれたのだ。

感動しました。また、すごく不思議な感じもしました。
この分娩室の中の人数が、突然一人増えたって感じです。
生まれる・・・ってことは、こういうことなのかあ・・・・。

男か?女か?と私が凝視していると、その視線に気づいた先生、臍の緒の処理をしながら私の顔を見て

「女の子です!」

1991年6月28日0時29分。家族が一人増えました。

赤ちゃんはやわらかい布で包まれます。このとき体を洗ったかどうかは良く覚えてません。確か産湯には、その1時間ぐらいあとに岡崎さんが入れてくれたと記憶しています。

お母さんになった嫁さんが、子供の顔を見たがりました。顔のそばに持っていってやりました。

だんだん息が落ち着いていく嫁さん。そして生まれたての赤ちゃんのにおい。その二つが印象に残ってます。

そのあとも先生は医者としての使命を果たしていきます。
「0時38分胎盤摘出!」
「はい!」
先生の声に応え、カルテに記入していく岡崎さん。

出産後の処理を手際よくこなしていく先生。
「いやあ、先生、いつ見てもうまいわあ。惚れ惚れしちゃう」
と岡崎さんは先生をおだててます。実際器用な先生なのでしょう。

私はすごく幸せな気分で、そんな会話を聞いていました。





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後編へと続く



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