父の魂・4

出産立会い・・・前編

6月末、娘は9回目の誕生日を迎えました。あれからまる9年です。自慢じゃないですが、実は私、娘の誕生に分娩室で立ち会ったのです。あの日のことは昨日のことのようにディテールまでよく覚えています。

いえいえ、自ら望んで立ち会ったわけではありませんよ。嫁さんは妊娠中から出産に立ち会えと言ってたんですが、私は男らしく頑として受け付けませんでした。だって怖いんだもん。

妊娠中は、
「どうしてあんたは協力的じゃないの? 私たち二人の赤ちゃんなのに! 今日のマタニティスイミングには、みんな旦那さんもいっしょに来て勉強してたんだよ!」と嫁さん。

「みんなって何人中何人の旦那が来てたんだよう!あーん」
「半分ぐらい来てたわよ!」
「ンじゃあ、みんなじゃないじゃんかよう!」
と子供のけんかのようなことを言ってました。

しかし、神様は見ているもので、こんな私に良い体験をさせてくださいました。

1991年6月27日朝6時20分。嫁さんが破水しました。すわ!病院へ・・・といいたいところですが、電話をするとそんなに慌てる必要もないということ。入院の準備等をして、9時ごろ産婦人科に向かいました。

そのころの我が家の車はセリカ2000GT。前輪駆動の初代のやつです。椅子が低く、さすがに妊婦には乗り降りがしにくいか?でも本人は足が伸ばせてラクともいう。そんなことはどうだっていいのですが、車は一路病院へ。

病院について診察を受けたら「まだまだ生まれそうにないから、旦那さん、夕方になったらまた来るのでもいいよ」とのことで、私は一旦会社に行くことにしました。まあ、その日の仕事のことは良く覚えてません。

仕事を終えて夜の8時ごろ病院に戻ると、しんとした薄暗い待合室のソファーに横たわる一人の女性。ドキッとしましたが、よく見たらうちの嫁さんでした。

「4時ごろにお薬もらってから陣痛が10分に1回ぐらいググーってくるのよ。あ、あーっ。きたきたきた。いててててて。腰をさすってちょーだい」と嫁さん。
陣痛のときは腰をさするんですよね。

「へいへい」
「もっと強く!」
「ははっ。かしこまりました」

ってな感じでさすってやってると。病院の奥から担当の助産婦さんがやってきました。

この病院では生まれる1時間前ぐらいまでの世話は助産婦さんの担当で、実際赤ちゃんをとりあげる時になったら最新の医療技術を持った院長先生の出番になるのです。この段階では院長先生はまだ来ていません。なにせ先生は一人ですから大忙しなのです。

「あらら、旦那さん、お帰りなさい。生まれるのは真夜中になりそうだよオ。今日はねえ、私一人だから。生まれそうになったら先生を電話で呼ぶんで、それまで協力してなー」

その助産婦さんの名前は岡崎さん。当年74歳の現役ばりばりです。東北弁のなまりのある元気な婆さんで、雰囲気としては「となりのトトロ」に出てきたあのおばあちゃんみたいな感じです。その婆さん、信じられないことをおっしゃいました。

「あたしゃね、旦那さんには立ち会ってもらう主義だからね! 分娩室で立ち会うんだよ」

「ええーっ!そーなんすか?」

うーん。人間の運命なんてどうなるかわかんないもんです。嫁さんも痛そうにしてるし、怖いからやだなんていってる状況じゃありません。また、夜中にお婆さん一人に任せるのも忍びなく、腹を決めました。

岡崎さんは、そばでカルテを書いています。カルテを覗けば、生まれてくる子が男か女かわかるような気がしたんですが、なんだかそれはやってはいけないような気がして、覗きませんでした。

夜11時ぐらいになると陣痛は5分に一回1分間痛がる様子。分娩台にそろそろのりましょうということになりました。

分娩室にその準備のために入った岡崎さん。しばらくすると奥から
「旦那さーん」と呼ぶ声。

行ってみると岡崎さん、妊婦のふんばり用の手すりを分娩台に取り付けようとして悪戦苦闘しているところ。

「あたしゃ取り付け方がようわからんのよ」
とガチャガチャやってます。

だ、大丈夫か、この婆さん・・・。仕方がないので私が取り付けてあげました。

嫁さんが分娩台にのります。私が肩の方から支えます。

「だんなさん、そこからねえ、がんばれえ、がんばれえって応援してやってよオ」

「はい、わかりました。あのオ、先生はいつ来られるんですか?」

「ああ、先生ねえ、いま自宅で晩飯食ってんだよオ。赤ちゃんの頭が見えるぐらいのときになったら電話で呼ぶからねえ」

「あ、頭が見えたらですか・・・? そんなに下がってから生まれるんですか? 頭がみえてからがそんなに長いんですか?」

もう聞くことにいちいちびっくりしてる私です。

「そういうもんなんだからすんぺえ(心配)いらねえって」
岡崎さんはズーズー弁で答えます。

嫁さんは、痛くて仰向けになれず、横を向こうとすると、
「だめだめ、おなかの子だって生まれるとき苦しいんだからア、お母さんがふんばらんで、どうすんだア」
と岡崎さんはズーズー弁で叱り飛ばします。

赤ちゃんの心拍数測定器を取り付けます。
スピーカーから大きな心拍音が聞こえてきます。ズッコン ズッコン ズッコンってな感じの音です。心拍数120から130、標準らしい。

ああ、早く先生を呼んでくれないかなあ。私は気が気じゃありません。

「ホレがんばれ、ホレがんばれ」
岡崎さんは嫁さんにズーズー弁で気合を入れます。

深夜に嫁さんと74歳の助産婦さんと私の3人きりの分娩室です。異様な雰囲気のなか、我が家に家族が一人増えようとしているわけです。いま思い出してみると、私の人生にもいろんな場面がありましたが、あの場面はとくにすごい場面だったと思います。

夜11時半。嫁さんは汗びっしょりでがんばってます。岡崎さんからついにゴーサイン。
「よっしゃ! 先生を呼びましょ!」



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話はまだまだ続きます。
以下「中篇」


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