微睡む少年の心に語りかけたのは、あの大哲学者だった。

「私は知らないということを、知っている」
その言葉に興味を持ち、少年は紀元前のギリシャへと跳ぶ。

少年が降り立った紀元前399年のギリシャ。
そこにいたのは牢獄の中で処刑を待つソクラテスだった。
不当な裁判で処刑を命じられたソクラテス。
そしてそれを受け止め待つソクラテス。

「解せません。あなたが何故処刑されなければならないのか」
ソクラテスは答える。
「自分が知らないということを自ら知り、
あくまでその気持ちに忠実に行動したからだよ」

少年は言う。
「では知らないということがなくなったら、
全てを知ったらどうなるのか、、試しに全てを見せましょうか、、この先の人間たちの運命を」
こうして少年とソクラテスは一気に時空を駆け抜ける。

人類の歴史を一度に見たソクラテスに少年は言う。

「これだから人間は、、
 わかったでしょう、、
 人間というものが」

しかしソクラテスは誰かと話し合うのを望んだ、、
「誰かと話したい、、見ただけではわか らないのです、、」

 そしてふたりが降り立ったのは東京、渋谷だった。
 そこでソクラテスはひとりの男の言葉に心を止める。
 「みんなね、自分が本当にひどい目に逢わないと、ものなんか考えないよ」

その男は
これから死のうとしている男だった。
自分も「処刑」という形で死を受け入れようとしていた
ソクラテスは
その男が何を考えているのか知りたくてたまらない。

任務とはいえ膨大な数の同胞をそして尊敬する人物までをも
解雇してきたその男は気付いていた。



自分がいつの間にか本当に人の気持ちが全くわからない人間になってしまったことを。
そして「何もわかっていないことを知ってしまった」のだと。
しかしそれこそがソクラテスが言った「知らないということを知っている」だった。

その言葉が男を救い、そしてソクラテスもまた
自分の言葉が生きていることから
「2千4百年たっても私は生きている」のだと
確信する。

「言葉は記憶に残せても、あなた自身は存在しない」
という少年。
しかし永遠の命を持つ少年にソクラテスは断言する。
「君は永遠に死を知ることはできない」

こうして少年とソクラテスはもとの独房へと戻る。

泣きすがる妻クサンチッペや弟子たちにも
ためらわず毒盃をとるソクラテス。
複雑な思いで見届ける少年。

ソクラテスは少年に言い残す。
「これからもたくさん人に出会うといい」
「君にとって人間はとるに足らんものかも
しれんが、得るものはきっとある」
「通り過ぎずに話し掛けてやってくれ」


こうして永遠の眠りにつくソクラテスに少年は何を見たのか_
見せたことのない表情を浮かべ、少年はまた次の出会いへと跳ぶ_

時代

紀元前399年〜現在2002年

場所

ギリシャ〜日本

少年の名前

「いだかれる者」

モーニング2002No4.・5に掲載

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